
世界最高峰エベレスト(中国名:チョモランマ)のネパール側の南斜面で、絶滅の恐れがあるユキヒョウの姿が約40年ぶりに確認された。米イリノイ大学の大学院生で、国際環境保護団体アースウォッチの研究員を務めるソム・アルさんが2004年10月24日、撮影した。
エベレスト付近では1960年代から姿を確認していなかった。近隣の地元住民や観光客によるユキヒョウの目撃証言が、数年前から増えてきたという。しかしその話を立証できる証拠はなかった。ところが、調査拠点のキャンプ近くで、ヒマラヤタール(野生ヤギの仲間)の群が、おびえた鳴き声で騒ぐのを聞いて、ユキヒョウが近くにいるのではないかと推測。その後、2頭のユキヒョウや足跡を確認した後に撮影に成功した(CNN)。
※このニュースはワニヲタさんから教えていただきました。
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ユキヒョウは毛深いので大きく見えるが、普通のヒョウよりやや小さい。雌雄差は他の大型ネコ族ほど著しくない。 ![]() |
ユキヒョウ Snow Leopard は中央アジアの険しい山岳地帯に棲む。バイカル湖西岸からサヤン、ハンガイ、アルタイ、テンシャンと西南へ延び、大きく弧を描いて今度はパミール、ヒンズークシ、カラコラム、クンルン、ヒマラヤとまた東に向かう。 昔はもっと広範囲に分布すると考えられており、Ivan T. Sanderson(1969)はアムールやサハリンにも棲むとしているが、これはアムールヒョウの誤認とされている(サハリンにもヒョウがいる?)。 イランやコーカサスにもいるといわれたがこちらも大型で毛深いヒョウ(キタペルシャヒョウ)の誤りらしい。 大型ネコ族で一番生態がわかっていないのがユキヒョウだが、これは容易には人が近づけない峻厳な地域を住処とするからだ。日本の動物園でもけっこう見られるのがむしろ意外なくらいで、野生のユキヒョウの写真撮影に初めて成功したのはシャラー(1977)だった。 生息域の垂直分布は北方では標高600〜4000m、南方では1800〜5800m。いずれの地域でも冬は草食獣を求めて低い方へ移動する。北部では年中600mくらいの低地にいる地域もある。また中央アジアでは砂漠の山麓やオアシスにも出没する。 |
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昔は、ユキヒョウは木に登れないと誤って伝えられていた。木の少ない開けた地域や岩場に棲んでいるので、めったに木登りが目撃されないからだろう。
ユキヒョウは飼育下ではおとなしくて慣れやすいことで定評がある。大型ネコ族の内ではピューマ以上に慣れやすいと言われる。だいぶ前のことだが、横浜の野毛山動物園で飼われていたユキヒョウは、飼育係が入ってくるたびにじゃれついてきて彼を困らせたそうだ。 |
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冬の3、4ヶ月は地域によっては家畜はユキヒョウにとって重要な餌である。そしてこれが現地の人々には大きな打撃となっている。 1990年にモンゴルの8のコミュニティでヒツジ・ヤギが13頭、ウマが16頭、ヤクが7頭、ユキヒョウに殺されている(シャラー)。これは彼らが所有していたウマの17%、ヤクの12%に当たる。 ある牧畜業者は300頭のウマを飼っていたが、8ヶ月の間に21頭をユキヒョウにやられてしまった。内19頭は子ウマだった(シャラー、1994)。 ヤクやウマは放牧されているので、しっかり見張られているヤギやヒツジよりも多く襲われるようだ。 しかしヤギやヒツジの囲いに入り込んだユキヒョウは一度に多くの動物を殺すことがある。インド北部 Ladakh での調査(1983年から84年の冬)では40ある村の内、15箇所で20回の襲撃があり、雌のヤク1頭、ヤギ・ヒツジ合わせて95頭がユキヒョウにやられてしまったが、そのうち1箇所では34頭も殺された(Joseph L. Fox, 1992)。 ネパールの Manang では大半の村人が平均国民所得(160ドル)より少ない収入しかなく、彼らの3分の1以上がユキヒョウによって家畜(多くがヤギ)を殺された経験があり、その平均損失額は平均国民所得の4分の1にもなる(Sunquist, 2002)。 |
インド、Ladakh の Hemis National Park でドキュメンタリーを制作していた一行は、ユキヒョウが4頭のドール(アカオオカミ)に近づき、ドール Dhole が食べ始めたばかりのヤギを横取りするところを見ている。ヤギをくわえて去ってゆくユキヒョウの後を、ドールは吠えながらしばらくは追っていたが、取り返そうとの実際の試みはなされなかった(J. Gruisen, 1993)。 ![]() |